2005
2.18
Sundayブランチはピラチンのお薦めの食堂 "Mie88" で ワンタンスープが絶品だった 気付けばこの旅も残すトコあと2日 行きたいスポットは沢山ある 伝統芸能が毎晩どこかで催されてるウブド, 州都でありビジネス街に庶民の市場が溶け込むデンパサール, バリヒンドウ教の総本山ブサキ寺院, バリの原風景を味わえる山岳部キンタマニ..... 1度は行ったことのある僕はまだしも 懲りずにまたヌサドウアで日焼けコースをチョイスした 初バリの相棒のSっぷりには 恐れ入った 大学時代から染み込んでいる2人の日焼け根性に応えるかのように サンサンと降り注がれるお日様 海と会話出来るのも今日がラスト メリアバリResort内のBarで Buy 1, Get 1 (1杯頼めば もう1杯はタダ) のハッピーアワーのことを仲良くなったスタッフに教えてもらい Perfectなグアバジュースを飲み干す 夜も更け Mr.Lazy boneの知り合いのスミニャック郊外の豪華な1軒家に招かれた 日本人とオランダ人の女性2人が住んでて 門にはセキュリティが 庭には蚊帳付きのKing sizeのベッドが 中に入ると40帖はあろうエンジのテラコッタタイルで統一されたLDKスペースに ハイセンスなバリ家具の数々が映える 奥でザック似のJがけだるそうにMTVを観ているのに気付き声をかけた 昼から二日酔いを覚ましに来てたようだ ファンシーな2Fの部屋には 窓硝子は無く 簾のみ 虫は低層にしかおらず ヤモリ以外は入ってこないんだそうだ これにとどめのトロピカル野天風呂が付いて 電気代込みで 平均 月40,000円!!!  どう思う?? 一同声を揃えて "す, 住みたい...." オランダ人のモデルの娘は外出中だったが 彼女こそナイトライフの達人なんだという 昨夜もここで30人ほど呼んでドンチャン騒ぎしてたようで 日本人の彼女はワインのロゼをゆっくり口に運び セレブな響きの会話を続ける "もっと早く御会いしてたら洞窟のPartyが一昨日にありましたし御一緒出来たのにねー" するとMr.Lazy bone "いやーもうちょい早く紹介するんでしたね...." 何を言ってるんだ さすが Mr.Lazy bone "出し惜しみヤロウ"のレッテルを我々に貼られたのは 言うまでもない 再訪を誓って 素敵な空間の扉を閉め 並木で覆われた小道をくぐり抜けると 蛙の鳴き声が聞こえ 田園が拡がっていることに気付いた 光と風に包まれ暮らすスローライフ スミニャックお洒落エリアから 車でたった10分のトコにである 11amからクロボカンに出向き 迎えた最終日 お土産も含めShoppingに全身全霊を 最近一人暮らしを始めた相棒は 次々に部屋を彩るオブジェを購入 僕にはお気に入りのランプがあった たまたまカフェに同じランプが4ツ 白壁に掛けられてるのを見つけ 余計欲しくなった ただでさえ小さいジムニーの後部座席が2人のモノで次第に一杯になる 手持ちで持って帰れるか迷った結果 帰国後悔やんだことの1ツとなった 最後の晩餐は "Lazy bones"近くの食堂で 毎日食べたナシゴレンや 暇さえあれば右手に持っていたビンタンとも しばしお別れである 海外でちょうど身体がリズムに馴れ始める1週間 ここで帰らなければならないのは 普段 小悪魔系の娘に振り回されっぱなしの時のFeelingに似ている 色違いのクタバーガーオリジナルTシャツを着て 飛行機に乗った僕らオセロズ ゴングロも軽く超えた肌の黒さをお互い褒めあう 機内上映フィルムは タイの痛快アクション"マッハ" 時代遅れのカンフーに馴れていた眼には 火傷しそうなほどFreshだった...... 画面は一気に現実に引き戻され 東京の朝に 2人とも夏仕様から冬の普段着に心身ともに換え 翌日から普段の仕事に戻った 1週間後 メールが来て"Lazy bones"にまた新しいLazy riderたちが来たらしい Jはオーストラリアに戻り ピラチンがそろそろ帰国するはずだ クイーンズは今宵も何処かで踊り明かしてることだろう 日本とのTime ragはたったの1時間 地元民の笑顔が島のシンボル スタバのアイスラテ1杯分のコストで飯がたらふくいただける ここにいつか家を持ちたい 洗練された王朝文化にもっともっと触れたい バリ貯金は始まったばかりだ One love.
 


2005
2.16
4日目 昼まで起きれず逃したBreakfast これじゃ日本と同じだと軽く反省 宿の前に並ぶ商店街に今日もダラーっとたむろす村人たちと何気ない会話をし 1番近い大通り カルティカプラザ通りに出る 吹き抜けの気持ち良いカフェでランチを取り Mr. Lazy bone(ダチをこう呼ぶことにしよう)にサヌールの海に連れてってもらった 欧米人の保養地として有名なトコで 穏やかな空気が流れてる 遠くに美観で知られるレンボンガン島が見える さらに向こう 飛行機で1時間くらい行くとトラワンガンというPartyアイランドがあるらしい 年中フル回転のお祭り島らしく トランス&ハウスで皆グルングルンなんだろう 老舗ホテルや土産屋が並ぶサヌールの街を 車で流し クタに戻る 名物サンセットを視ようと夕方は決まって大渋滞 そこで"マッサージ行きますか?" と提案され裏道をスイスイ アロマオイルを使う伝統あるバリニーズマッサージは最高に快適だったのを覚えてる "クタバーガー"という店に入った 受付を済ますと 目線の高さに透け窓があり 中を覗くと ざっと60人は居たろう お揃いの青いTシャツで雛壇上に座って満面のスマイルを浮かべるLadies 番号で選ぶシステムだった なるほど 伝統ならぬ殿堂マッサージか 1時間のご遊戯 内容はご想像に任せる Additionalサービスはチップ次第で ちなみに僕は1,200円ほど取られた 昨夜とは別のナイトMarketで晩飯を済まし 地元スーパーで酒アラックを手に入れ カンフーチャンネルを肴に部屋呑み 妙技に唸りながら 翌朝を迎えた キョSの肌がまだ白い 白過ぎる 焦った彼の独断で 楽しみにしていた山間部ウブド行きが ヌサドウアの海に変更 メリアバリResortのプライベートビーチに入り込み 日焼けに専念 ホテルのカフェで食べたリゾットにパスタ, 魚もピザも美味だったが やはり高い ランチ4人で9,000円も取られた こんなトコに泊って1週間もボーっと過ごしたら C/O時 一体幾ら請求されるんだろう 胸筋が震えた 今夜はSaturdayナイト この旅のハイライトだ 9pm過ぎ"Lazy bones"に集まった "ナイトサーファー"たちは オセロズ&Mr.Lazy bone, クイーンズの2人とロコのマー君, オージーのJに日本人のピラチン(向こうでこう呼んでいた)の8人 もちろん目指した会場は"デジャブ" 満員のフロアーは 異国のランデブーな香りとゴージャスな汗とが混ざって 踊れば踊るほど クラクラしてくる 横で軽快なステップを踏むドレッドヘアのJはレイジのザック似  イケメンで23才とまだ若く 初めてのバリで相当楽しいんだろう Mr.Lazy boneのダチでクタでクラブ経営してる日本人とも知り合った さすが顔が広いようで インドネシア版コギャルらに囲まれてる 豪華な男女兼用のバスルームで 一瞬視界に入った娘に声をかけた 独りだと言うからマイタイを2つオーダーし フロアに連れていき踊った  4amでCloseすると 皆まだイケルってことで 近くにある これまた大バコ "ダブルシックス" へ 現地では珍しいEnter Feeを払わされる "ワタシ マネーナイ"と道端で弱々しい英語で話してた彼女 払ってあげて入ろうとしたら セキュリティに拒まれ 追い出された彼女 あれっ 状況の掴めない僕とJ "一体どうしたんだい?" したらセキュリティ曰く "Hey, She is a lady boy, hahaha"  な、なんと! 驚きと笑いが1個の珈琲カップにブレンドされ注がれたような 味わいのある "OHHHHH MY GOOOOOOOD" をしばらく二人で連呼 後から入ってきた皆に報告すると何人かは "気付いてたよ" なんてサラリ "早く言ってくれよー" "ゲンキはアッチでもいいのかと"それから四つ打ち音に酔体を任せること2時間 外ではすっかり朝日が これから始まる1日を祝う準備をしてるとこだった 魔性のレイディボーイ 次どこかで会う時も僕は声をかけるかもしれない お願いだから"ダブルシックス"に連れてっておくれよ でないと....
 


2005
2.14
バリ3日目 去年サーファー用のコンドミニアムをクタで始めた大学時代のダチと連絡がつき 2年ぶりの再会 彼は日本育ちのジャカルタ人で 彼のママは今も僕らの卒業した大学でインドネシア語を教えている 彼の城 "Lazy bone" にお邪魔し 泊っている日本人2人とオージー1人と仲良くなった こっちは車同様バイクもチャリ感覚で市民の足として使われており 小学生と見られるガキも普通に乗ってる サーファー仕様のバイクの後ろに乗せてもらい 心地よい風になりながら約30分 高級ホテルが連なるバリ屈指のリゾートエリア ヌサドウアに到着 遠浅で穏やかな波を眺めながら 白い砂浜で呑むビンタンは最強である ダチからイロイロ実情を聞く SARSやテロ, 今回のTsunamiの影響もあって ここ2,3年 日本人旅行者は激減してるそうだが 欧米やオージーの楽園フリークたちには大人気 治安が最良(It's true!)なため移住してくるヨーロピアンが徐々に流行らせたのがスミニャック地区 特にイタリア料理はどこも競うほどのハイレベルぶりだそう さらにレギャンには遊園地にコンサートホール, 本格的なデパートなど 10数年前は想像も出来なかった建築ブームだ 村人が海苔の漁を終えたのを見届け 帰路に着いた  夜は"Lazy bone"の近くにあるナイトMarketへ 日本で言う"屋台村"である 薄暗いテーブルで頂くフードはアヒルや川魚のフライ, 野菜炒めにビーフン, サテと呼ばれるヤキトリのピーナッツソース版...どれも日本人好みだろう 旨い イロンナ屋台で沢山頼みすぎて どこに払ったか各々忘れ 帰ろうとすると5人ほどオヤジらが請求してきた ホントかよ でもホント安くてニヤついてしまう 今日こっちに着いたらしいダチの女子ダチが合流 なんでもナイトライフだけを楽しみに何度か遊びに来てるベテランFrom 東京の2人組だったのでクイーンズと名付け 早速クラブに連れてってもらう スミニャック地区ディアナプラ通りに着くと唖然とした キラキラなクラブが道の両サイドに並び トランスやハウスの音がガンガン鳴りヒトでゴッタ返してる レギャン通りに昔も今もあるダサいBar何軒かも盛り上がってるが こっちがNOWなのかー なになに? 一番元気なのがゲイバー2軒? 入ってみると当たり前だがメンズのみで退散 他に移り軽く踊るが今イチなため 海沿いのクイーンズお薦めの店に移動 その名も "デジャブ" バリではなくパリにある人気のハコがこっちに出したらしく 非常にカッコイイ 店内からオープンエアーで道1本挟んで拡がるビーチにまでライトが照らされ素晴らしいロケーションである カクテルも1杯500円とこっちじゃ高めの設定 我々オセロズも気に入った 酔いしれ気付けば砂浜で裸足で踊ってる テキーラサンライズやマルガリータがこんなに美味しいなんて感じたのは いつ以来だろうか  ノーマンクック様主催のブライトンBeachのPartyはこの何倍の快感なんだろうか やはりナイトサーファーにはそれなりの波のノリ方ってのがあるんだ 時間をタップリかけて タテに横に 激しく優しく 瞳は決して閉じることはない ミラーボールが沈むまで
To be continued....   
 


2005
2.13
クラブでマイケルジャクソンよろしく踊り明けた2005 久々の大型オフをもらい 海外に行くことにした バリ島 32州からなるインドネシア共和国の1州にあたり 独特のヒンドウー文化を守る南国の楽園 18才の時初めての海外Tripで1カ月もステイした思い出の地に 肌の白いキョSのダチとオセロコンビで向かった 空港に着いた途端 トランクを勝手に30Mだけ運び チップをせびるポーター 早速魅惑のアジアントリックにハマり約1,000円も取られる 11pmクタビーチより空港寄りの宿にCheck in まあ呑みますかってことでクタの街に繰り出し ストリートを徘徊 うーむ懐かしい光景だ ほぼ全裸で毎晩大暴れしてたこのエリア 爆破テロで失くなったクラブの跡地も前に泊った宿も見つけ 興奮してくる 酒の基本は名物ビール"ビンタン" 約100円 日本の夏以上の湿気の中 味わうライトな口当たりがGood 次はヤシの樹液を蒸留するバリ地酒"アラック" アルコール度60%とかなり僕向きだ 日本のタイレストランで呑んだことがあったし 勿論呑み方は"ワナロック"で 何しよっか明日から ココもアソコも行きたいなあ なんて女子大生っぽいアバンギャルドな会話は止まらず 4amに帰りニヤついた顔で寝た
翌朝8amにキョSに起こされBreakfast プールサイドに面した宿のレストランには大勢の欧米系高齢者カップル同士の楽しげな会話で賑わっていた 何故か若者がいない プールからの強烈な太陽の照り返しを眺めながら トーストにエッグにバリ珈琲にオレンジジュースが一気に腹の中へ 二人ともこっちの家具や雑貨に興味があるため 早速Shoppingに出かけようとレンタカーを借りる さあ出発ーってトコで運転手であるキョSが情けないことに2M進むのにエンスト4回 ホテル前に拡がる商店街でたむろすロコたちが一体彼らは何してんだろ?みたいな目で凝視してる ここバリではマニュアルしかなく勝手を忘れた彼は無念の返却 ウケルことに業者はチップまで返してきた ウォークでレギャン通りに出た二人 目指すは ここ5年で目覚ましく開けたらしいトレンディエリア スミニャック&クロボカン地区である 凸凹の歩道は昔と変わらず レギャン地区は相変わらず しつこい物売りのパレード状態 "キンパツニイサン, カッコイイネー, サングラス モットカッコイイヨ" "トケイ ミテッテ, オンナツキダヨ" みたいな そして車道からはひっきりなしにクラクションが二人めがけ鳴らされる 世界でも有数の眼力を持つであろうタクシードライバーたちだ 頼んでもないのに観光客を見つけては"タクシー?, タクシー?"である 二人の目の前で降りた客に後ろから別のドライバーが "タクシー?"なんて聞くシーンにキョSも苦笑い むせ返るような陽射しと湿気とこれらの障害に 3時間ほど絶え歩きながら 20円足らずのミネラルウォーターを4本飲み干し 途中の食堂で ナシゴレンをほうばる Wシックス通りとの交差点を過ぎると 落ち着いたブティックやカフェが並び 心が弾んでくるのがワカル スミニャック地区に入ったのだ 確かに家具屋が多い ソファにランプにチェアに置き物にリネン類 どこもハイセンスな商品ばかりで 日本に比べて断然チープ! カラフルなディスプレイに目を奪われ続け 歩く歩く クロボカンエリアもクリアした二人の足は限界に タクシーを拾いホテル近くのクタビーチまで戻り名物のサンセットを観に行く Beautiful... の一言である 沢山の人々が見とれてる間 相棒は物売り婆さんに 謎の煙草ケースをしつこく売られそうになっていた 再びタクシーに乗り空港より南のジンバランへ シーフード専門店が浜辺にズラリと並ぶイカンバカールに到着 その数50店以上! ロブスターにレッドスナイパー(鯛),イカを頼む グラム単位で時価のため 自分らで選び ヤシ殻の炭で焼いてもらう ゴン美味!! さらにライスに野菜が付け合わせで出てくるし ジンバラン湾の夜景も素晴らしく 感動この上ない 流しのバンドマンが各テーブルを歌い回る 僕らのようなヤロウ2人席には気を遣って来ないが 見事な演奏に酒も進む 考えてもみたら世界中から集まる観光客を相手にしてるわけで 持ち曲の豊富なこと! なかでもマルーン5のThis loveを歌い切った時なんか 何でも聴いてんだなーって感心した こりゃゼッテー女子連れて来たいなーと何度もお互いに言い聞かせる二人 お調子者のウェイターが何度もテーブルに来て満面の笑みで"オンナイラナイカ" と聞いてくる 彼女らはどこに行ったら見れるんだい?と聞いてみたらウェイトレス全員を指差し"カノジョタチサー!" 二人大爆笑 まったくユニークな商売だ 丁重に断りタクシーを呼んでもらいホテルに戻った 足がパンパンなため今夜は出掛けず 冷え冷えのビンタン片手にローカルTVを観る インドネシア語のため さっぱりワカランが 日本と似た内容のバラエティに歌謡番組 コこっち版ファイナルアンサーの司会の表情なんかミノモンタのクローンだ しばらくしてドラゴンボール実写版みたいなアクションが満載のカンフーチャンネルを見つけた 1つ終るとまた別のカンフードラマ 間違った日本や中国のイメージ映像が満載で そのダサさに乾杯 それにしてもメインの女優たちの可愛いコト 南の島でのランデブーを胸一杯にグッスリ眠った
To be continued.....  
 


2005
1.31
11月以降のSchedule表が渡された 引き続きシングルPRに "Rock the 7cities"ツアーの準備に本番,そしてアルバムRecordingが網ノ目のように12/29までギッシギシ オフがたまにあるが歌詞が未完のため100%無くなるだろう クリスマスEveも歌録りの文字が さすがのドMも目が眩む 口ずさむは"Killing me softly" 邦題は"やさしく歌って"だが 僕の場合 "やさしく殺して"だろう 1日でも何かのミスでこぼしたら間に合わなくなる まさに"Project X 2004" アルファベットのXは ときに未知のヒトやモノをさす かくして時間を最大の味方にX探しの旅が始まった Recording期間は気が張っているため体調は崩れることはない ただ曲が頭の中に棲みつき なかなか寝つけない まずダイゴとブラックがbabaリズムを産む第1章 ここがスムーズに行くとモチベーションがレッドゾーンにまで騰がる 今年からbabaリリック界に参戦したマリの存在はよりパワフルとなり Devaとしてのセレブ声を要求され悩みながらもVocalブースに一度足を踏み入れると ダイヤのごとく輝く まして全体の音を創り完成させる使命にあるユージンにいたっては想定不可なプレッシャーの中 メンソール煙草をふかし続けアドレナリン垂れ流し状態だ  それでも尚 僕の歌詞は肩透かし状態だ メンバー間の信頼とお互いの気遣いが これでもかくらい発揮される貴重な時間帯である X探しの道中 さらにタフな難関が待っていた 7カ所のワンマンツアーである Recordingとライブ 僕らの中ではモードがAとZくらい極端なため 不安は隠せない 鹿児島にまず飛び ファンの笑顔が視界に入った瞬間 ためらいは吹っ飛んだ 2週間ぶりに酒を呑んだら すっかりいつものナイトサーファーに 自分が戻っていた 九州を回り Recordingスタジオに戻り またツアーに出かけ 酒をガソリン換わりに頂戴した 東京ファイナルをハッピーに終え 録音も終盤にかかる 計7ステージでもらったファンのパワーはそのまま体内に依存し 舌を伝わりマイクにバウンス Yeah, 彼らは掛け替えのない財産だ ずっと一緒だったプロデューサーやスタッフの柔和な雰囲気にもかなり助けられた "Finisssssssh!" の瞬間 時計の針はてっぺんを回り 日付けは静かに12/30に変わっていた 終ったという実感は しばらく無かったが 残すとこ2Daysとなった2004年 自分の中でだけ予定していた "Project X 2004 番外編" の忘年会2連打のために 身体を動かした夜以外は 泥のように寝てる自分が マミーの両目によって確認されている.......  かくして終えたX探しの旅の種明かしは 実際皆の耳に入るまでは控えるが メンバー個々の達成感という点では5ツ星と言える タイトルはズバリ"Great grand bag of magic tricks" キミのステレオから"babaのXの旅"の音が流れるまでイロイロ想像してもらいたい  来年も熱い暑い厚い応援をよろしく
Wish you all a fantastic new year!! 
 


2005
1.29
浪速キャンペーンの翌10/22 FM802主催の"ミナミホイール" Eventに出る 関西ピープルの暑苦しいほどのノリノリっぷりは 何度体験しても病みつきである 僕は大阪生まれだが 東京育ちのため やはり街もヒトも空気までも異質な感覚で溢れているような気がするんだ 深夜のミナミで数十ものBandが各々打ち上げてる頃, 御堂筋でパンクバンドHawaiian6の連中とバッタリ 思えば彼らとは今から5,6年前 東京でよく一緒にライブをしてはバカ騒ぎしてた仲である 特にドラムの彼とは年が同じで 当時 互いにサラリーマンとの2足だったため 今後どうしようかなーなんて悩みを打ち明け合ってた やがて時は経ち両方とも現在のポジションまで登ってきて Rock lifeを楽しみ これからもデッカイことしたるぞー みたいな野心が 語らずとも見え隠れする 近いうちの共演を約束して 寝床に着いた
翌朝 宮崎へ サーフィン大会のゲストとして呼ばれ一行は会場の青島ビーチへ まだまだ残暑かよってくらい気温は高い 昼間 大会を観に行く 陸代表 ナイトサーファーとしては 競われるテクニック云々は さっぱりわからないが その雄大な海原の遠く 何度も沸き立つ白い波をテンポに まるでカモメのように両手を拡げ 板一枚で何人もの輩が左右に踊り続ける様は 差し詰め"Mother Ocean Musical"か
会場に戻るとOn the beachのステージ両脇に地元の名焼酎 黒霧島の旗が堂々となびき 松明が灯される カラフルに並んだ屋台群では 魚スープに焼酎がタダで振る舞われ イベントスタート  夕波をバックにIn the Soupの中尾クンがピンで登場し地元の仲間と楽しいショーを タイプは違えど彼の歌うスタイルは独特で人柄も含めて大好きだ FM宮崎の公開録音を挟み 地元のカリスマDJポッキー氏の紹介で babaのショー 夜風が気持
ち良すぎる 御機嫌なサーファーにファンの衆, 地元のおばちゃんに犬までもが砂のフロアーでピョンピョン 約1時間正直生涯Best5に入る心地よきステージだった ポッキー氏の計らいで市内のアジアンダイニングに場を移し打ち上がる 鹿児島産黒豚しゃぶしゃぶに鯛の塩漬けを豪快に食し 地元のレア焼酎を口に流し込めば 極楽な1日の映像が頭の中をパドリング 気付けば5amポッキー氏とサーファー君ら4人になってる あと2時間で金沢に飛ばねばならない僕に こうなりゃ出発まで部屋呑みするかってことになりホテルに戻る....   "お客様, お客様" 聞き慣れない女性の声だ "お客様, 起きれますでしょうか?" 何度も僕を呼ぶのがわかる 開かない目はそのままに 誘導されるがままに席に着く..... 何時間経ったのだろう 快晴の空の下 携帯のヴァイブで やっと起きたのが正午   レコード会社のスタッフと話して 独りポツンと立っている この場所が金沢と初めて知った あの女性はおそらく空港のグランドホステスだろう 記憶のないまま 宮崎から福岡で乗り換えここまで空を飛んできたわけだ その日はさすがに夜までグッタリ 9pm頃目と頭が覚めホテルから外の空気を吸いに出る いつものジャンベBarにふらり トライバルな音に包まれマスターと語らい 早めに部屋に戻った....
あの時 部屋に一度戻り ポッキー氏の部屋に向かった 途中エレベーターの前で倒れた僕はそのまま仰向けで寝てた 7amのモーニングコールに出ない僕を心配してくれたスタッフが 発見してくれ 荷物をまとめエアポート行きのタクシーに乗せてくれた 部屋呑みしてた3人は "あいつ まだ来ねーなー" なんて言いながら ずっと待っていた こうして記憶のパズルが完成したのは 3日後の名古屋キャンペーンの時だった "お客様, 起きれますでしょうか?" この声の持ち主にだけは 未だ確認が取れてないが 
 


2005
1.3
河口湖から戻ると 翌朝には仕事で大阪に向かっていた 大型台風が九州を襲い 午後大阪上陸まもなくの話を聞き 予定してたヘアーカットをキャンセルし神戸にまず到着 垂水のダチの美容院に急遽お世話になることにした 駅から1分という場所なのに傘は一瞬で折れ全身ズブ濡れに キッシュな店に入ると ホンマに来たんやねー なんて可愛い関西弁で迎えてくれる ダチの仕事ぶりを目の前にすると妙に感心する時がないか 縁に石が詰められた鏡越しに映る彼女の一挙一足に目を奪われること1時間  じゃあ流しまーす と言われ琥珀色のチェア−に横たわると スピーカーからアーロンネヴィルのCrazy loveが トラボルタ主演のFilm, "Phenomenon" で カイラセグウィックが彼の髪を洗い切るロマンスシーンがフラッシュバック 俺だけ一気に甘い気分に そんな空気を遮るかのように暴風が遠慮なく窓に突き刺さる 黙々と髪をドライヤーで乾かす彼女 出来たよ えーやん 宇宙人みたいで 時計が7時を回ると 彼女は上機嫌でそう言った 窓から見える垂水の駅には未だ電車が止まったままだ 今夜待ち合わせがあり 大阪に戻らないとならない 台風はなかなか通過せず関西ステイを楽しむかのように 猛威を振う 外まで彼女に見送られタクシーを拾った ハイウェイでの自然の恐怖が生む音と映像の不思議さ 頼り無く左右に揺れる車内で さすがにおっかないですわー とドライバーが嘆く 1時間半は乗ったろうか 梅田の街に着くと 風とオサラバし路地裏の和食屋に入った どうやら客はウチらだけのようだ 柔らかな間接照明の下 ブルーの焼酎グラスと惣菜が並んだテーブルで 安穏な時間がゆっくり流れてく 思えばかなり高くツイた1日だったが 2つの素敵な笑顔を味わうのに イチイチ懐を気にしてたら 男が廃るってもんだ 翌朝FM802のあるビルの前に 僕は立っていた ゴン晴れの空に両手を拡げ 無意味な笑みと共に リクエストしたのは デビッドボウイのStarman 歌詞のサビ部分を紹介しよう "スターマンだ / 彼が空で待っている / 僕達に会いに来たがってる / けれども彼は 僕らの心を狂わせてしまうと思ってる / でも彼は 僕らの心を吹き飛ばしはしないと言ったんだ / それがとても大切なものだと知っていたからさ / 彼は僕に言ったんだ / 子供達の心を熱狂させよう / 子供達に心を使わせよう / 子供達みなに ブギーさせよう
 


2004
12.30
Yeahhhhh 秋だ 茸だ September さあEarthのレコードを回すんだ 女子が薄着から茶系に衣替えする瞬間をオレは渋谷や恵比寿でEye shot hmmm 癒される やっとシングル2枚完成した安堵もつかの間 アルバム制作期間に入る "Freshな力が欲しい" "アルバムにマジックを" なんてメンバーで話してたら 2年前アルバムI.D.を創った思い出の河口湖町へと向かっていた ピースな町並みに目立った変化はない 相モ変わらず美しい湖が陽に照らされ 迎え入れてくれる 湖畔にある"湖のホテル" ここにオーナーが趣味で設けたスタジオがある 前回は3か月も世話になったため スタッフ皆覚えててくれて再会を悦ぶ 機材をぶち込み ゆるーく始まったPre Recording 昼間は窓から降り注がれる太陽に 夜は山あいならではの燐とした静寂に包まれながら 各楽曲のアレンジを詰めてった 晩飯はオーナーの奥さんの手料理 どう転んでも酒が合う美味のプレートたち 作業中のため毎晩我慢 時計の針がてっぺんになる頃には屋上のジャグジーへ 上を見上げ逢えるは満点の星☆星★ 3日目の夜 だいぶ酔っ払い皆で入った ブラックが見つける流れ星を全て逃すわ 見える星座郡は全てカニ座にしか見えなかったオレ パナイ 終始リラックスムードで没頭できた作業を終え 帰るとこにオーナーの待ったー攻撃 せっかくだし今晩呑んでさ明朝帰りなよー 残ったダイゴにユージンとオレの二つ返事はもちろん揃って"Yes" オーナー夫婦と5人で大いに語らい合った 彼はピュアな音楽好きで 自ら"Heritage = 遺跡" という音楽共同体を創り 毎夏地元で野外チャリティコンサートを開いている 今年で5回目を迎え 以前地元のシスターと知り合ったのがきっかけで 全ての収益はカンボジアのブンチェレ村の学校に寄附しに直接現地に出向く              
訪問した時のビデオを観た 聞くと子供の数に対して校舎が足りなく 学校に行けない子たちも多いそうだ 彼らの寄付金で今年新たな校舎が出来た 子供達は靴を履いてない 濁り水を飲み 給食が朝食だという 彼らは演奏会を開き 皆で歌い踊ったシーンにはグッと込み上げるものがあった 音楽の力に限界はない 月並みなセリフだが 世界の至るところで毎日聞かれてるであろうMusicには明日が見える逆を言えば 明日を残すために音楽というHeritageが常に必要とされてるように感じる "Nothing is impossible" 僕の好きな言葉の一つである
 


2004
9.26
炎暑の8月を振り返ってみる 石川から戻った日はサマソニの最終日 好みのHiphop勢が今年はかなり出演してたため悔やむ お気に入りの娘と結ばれるシナリオだった舞台 鎌倉での花火大会は歌合わせで水の泡 シナリオ通り行けばカップルだらけで行こうと 野郎どもで計画してた東京湾花火大会も歌録りでポシャり お盆が過ぎた 第4週のWeekendようやく時間が空き 西麻布で合コン 翌日麻布十番祭りに繰り出し 焼酎と女子の存在に感謝 Recoringはずっと続き 次に女子の肌を目にしたのは最後のSunday 横浜でのダチのWeddingだった お粧ししたLadies, 絶えない笑顔と甘美なふくろはぎに乾杯 場所柄 タカとユウジばりに ”お嬢さん 今夜のキミはホント素敵さ”とでもとでも決めたいトコだったが 金髪のせいでダンディズムの欠片もない やはりマイクがオレのハニ−だ マネキンの首から足をスタンド, 顔をマイクにしてステージにいれば 幸せに違いない
淋しい夏を救ってくれたのは やはりMusic ずっと聴いてたのは
Eクラプトンの名盤 461 Ocean BLVD, Eコステロのこれも名盤 My aim is true, そしてプリンス殿下の最新作 Musicologyだった 音の祭典ならまだ秋以降あるさ ト−タスやロスロボスらが来る朝霧Jam, プロディジーに元Underworldのグレンエマーソン, 要チェキの!!!(チックチックチック)らがぶちかますエレクトラグライド... 必ずオフもらって行くぜ それと忘れないうちに言っておこう これも見逃した今年始まった大型Fes ロックオデッセイ フーにエアロにウェラーにレニーにレッチリと凄いメンツを揃えたもんだが今年のマイ流行語大賞は 大トリを務めた矢沢様こと永ちゃんが放った迷セリフに決まり!
”大したヤツらだぜ ホットペッパーズ” 
 


2004
9.14
8/6 石川県の金沢入り 翌日に開催されるCome come rideという野外イベントに参加するためである 今年の夏は先月のSummer hot schoolツアーと8/1に行った滋賀のイベント以外 ラストの夏ライブということもあり 心はBikini, 身体は白浜In伊豆 とにかくサマー, サマーズ, Tube, Season in the sun な勢いだった ラジオに出て地元ライブハウスAZの店長らと再会を祝い、深夜に会場であるスキー場のバンガローに着くと スタッフがすでに一杯やっててイイ感じ 疲れてたのか3amにはベッドイン 翌朝 待ってましたとばかりに 陽気な太陽に起こされ 窓から見渡すは 惚れ惚れする山々 早速スタッフ用食堂に 朝食を取りに行き カレーライスが見事にマズイ 外の飲食エリアでしばらく日焼けしてると 正午から音が鳴り始め客もポツポツと来始めた 4pmに出番だったスカパラが到着 兄貴分の谷中サンに声かけるも 相変わらずの二日酔いで 会話にならず 本番ではHappyなステージを魅せて頂き万歳 彼らは直後に翌日のRockin'on Japan Fes参加で 茨城にトンボ帰りしたとさ ウチラが出たのは7am頃 ちょうど陽が落ちライティングが映える時間だ 去年8月の東京は代々木公園でのフリーライブを思い出させる Summer boogie, Dance to the music, Take itとかましてMCダイゴ 客の興奮度と共に増したのが それまで気付かなかった虫サン達 灯りに誘われ ブンブン空中を踊る 僕の汗まみれの胸筋に蜘蛛の巣にハマる蠅のようにくっつく彼ら 後半戦は 虫サン達との初共演を実現させた ババフリークShow 野外ライブの醍醐味をこれでもか えーい これでもか くらい客と楽しんだ 2ステージ制のこのFes、空気は綺麗だし どこ行くにも距離が近いし 来年あったら皆にお薦めする 夜はロザリオスの圧巻なステージを堪能し お盆てこともあり皆車にて帰路へ あくまで自己意志で 独り残った僕は ダチやら地元のスタッフやらと 乾杯を重ね 深夜の石野卓球率いるテクノ軍団のメインステージに 身体を委ねた 共演した彼らはもう山に寝に帰ったようだ 個人的にDJ Tasakaが最高だった 飲食エリアで呑んでたらボランティアで来てた 辛口の素敵な女の子に出会う トイレの隣でレイブ衣装を売ってるモスクワ娘に出会い Funkyなパンツを2000円で購入 そう、ここはCarnival 寝たら蛇におへそを取られるのさ 朝日が登るにつれ 踊りのテンポも鈍ってきた こんな時に金沢市内のジャンベBarのマスターを発見 ラストDJがダチだから観て帰りなよ と無茶な注文を受け 気付けば8am 山の中腹だし太陽の陽射しはPRIDE以上 K-1未満、 ようするにパナイ(半端ない) 9amギブアップ 山の神様に感謝し ダチの軽車で帰路へ 神戸のお嬢のように上品な手取川の流れを 微かに開いた左目で味わい 乾いた左手でAdios日本の夏 石川の夏 せめてもう一日休みをもらい 同日に催されてた犀川の花火大会を翌日にずらしてもらい 好きな娘と手を繋いで 彼らとではなく 蛍との共演を実現したかった
 


2004
8.17
少年時代 しないしない夏キミたち キウイパパイヤマンゴーだね め組のヒト チャコの海岸物語 夏の終わりのハーモニー... Reggaeと共に僕の夏心をくすぐる一時代昔のJ-popのサマーソングたち 四季がはっきりしてる ここ日本だからこそ持てる 浮いたFeeling  高い金払ってカリブなんか行ってリゾートを独り占めする楽しみもあるが ワカメを干すように密着して日焼けを楽しむ日本人の海水浴が僕は好きだ 今年もどうやらRecording漬け ババの夏は緊張の夏ってとこか
今まで歌詞を書く時は決まって 自分の部屋の机でだった 今年から鎌倉の海辺と地元のプールに場所を換えトライしてる 女子が目の前を通り過ぎる度にペンは止まるが 我慢して自分の世界に集中するただのマゾヒストだ
先月半ば 時間が空きフラッと恵比須の知り合いのBarに遊びに行った マスターがゲイのナイスガイで一人で呑みに来るLadyも多いクールな社交場だ カウンターに外人が来てた ミケランジェロのような雰囲気の細身でクルクルパーマのハンサムなアメリカンだった 話しかけるとどうやら有名なバレエ団の一員でJapanツアー中らしい お互いの仕事の素朴な疑問から始まり 音楽やアートやハリウッド映画の話が続く 興味深かったのは あのハードな動きの身体の作り方と 業界での熾烈なサバイバルライフ しなやかな筋肉のメインテナンスは徹底した食生活と日々の鍛練 トップクラスに居続けるのは年齢と共に体力の限界もあり ごくわずかのようだ もちろんRock star lifeも同様だが  酔いもまわり話がトリップしてきた  休日の過ごし方は フロリダの自宅の庭のオレンジとマンゴーとレモンの木の下で マリファナを吸ってクラシックを楽しむ 一体どないな庭やねん! と突っ込んだら趣味で14種類もの木を育て その日の気分で座る位置を替え 詩も書く Genkiもおいで 詩を詠みあおう って言われてもなあ 話題を換えてみる 哀しみを表すSorrowとSadnessとMelancholyの微妙な違いを教えてくれないか 席を立ち バレエダンサーらしく オーヴァ−な手振り身振りと切ないストーリーで表現し始めた 記憶をたどると その瞬間に哀しく思う気持ちがSad, 心にグワ−っと残る哀しみがSorrow, その文語的表現がMelancholy ふーむ なるほど 芋焼酎を片手に短編のミュージカルを観てるようだった 明日は群馬に行くんだと言って グッバイ いやーマスター楽しかったね と呑み直し にしても外人が一人でここに来るのも珍しくない? うん昨夜ね 新宿のゲイサウナに行ってナンパしたんだ カッコイイんだけど僕も彼も受け役専門だったから愛し切れなかったのよ 悔しくて! タイプなんだけど... 
ヒトとの出会いは刺激的だ 奇妙な夏の思い出も またオツなものだ 帰る頃 ルーリードが流れてた Hey Joe, take a walk on the wild side... Hey honey, take a walk on the wild side...  邦題は ワイルドサイドを歩け である
 


2004
5.26
僕の周りは言わばDisco Generationのラストチルドレンであり パラパラやボディコン ワンレンに目と腰を翻弄されながら 遊び上手なオトナ達が創った空前のクラブブームに流され 野郎どもこぞってロン毛にしティモテと言われた世代である 生まれながらのミーハー気質もあって1年中 Now!!系のヒット曲を車でかけNightclubbingをかまし 早朝 野郎仲良く家に帰るただのNight owlだったが 違う毛並みのダチとは違うスポットに繰り出してたおかげで 現在の自分がいるような気がする ロック酒場 ロックの匂いをこれでもかと言うほど放出するアンダーグラウンドなクラブのことである ユージンが通っていた新宿2丁目界隈のRolling stoneがその典型で 10-60代と広い客層は日本人を中心に欧米, アジア系が20平米弱の狭い踊り場で ビール瓶片手に叫ぶ 跳ねる 頭振る 喧嘩するのフリースタイル 選曲はR&RにHMにUKにグランジがブレイクなしに流れ ロック系外タレの大体はライブ後立ち寄る憩い場なわけだ 探せばいくらでもあるであろうロック酒場 いつのまにか西麻布交差点に25年もの間構えている老舗クラブに出会った 3年前Eminemがトリを飾ったフジロックFesでお会いした前園氏の箱328である サンニッパの愛称で多くのファンを持つ踊る音楽史館 氏の豊かな人脈と場所柄 クラブ関係者, モデル, デザイナーにアーティストらが夜な夜なDeepな宴を催していたようだ 多彩なDJ陣も魅力で 去年から僕もインチキDJをたまにさせて頂き 一度入れば泥酔なしに帰ることの出来ない魔力はサム・ヤッファ並みか 四半世紀続いた今年に入り 氏から電話が入った ー5月に店を畳むー たちの悪いジョークは本当だった Finalとなった22日Sat, マリと行くと交差点に人人人 常連から往年のファンまで大集合 中がフルで入れないようだ 無理矢理入れてもらうが酸素少ないし全く動けない 皆に習いコンビニで焼酎買って路上で酒盛りスタート 2amをまわり踊りたくなり 入り口入った梯子状の壁によじ登り 楽しむ 皆笑顔  止まらない会話  目の前のはずのダンスフロアも 今宵は TVの野球中継のように遠く小さく見える Bon Jovi, Zeppelin, Nirvana, Primal, Beyonse, Blur, Rage, Buggles,レッチリ, Beastie, Beck, Pistols, Disco classicにルパン3世, ミッシェルガンにクレイジーケン... 何でもアリ 1曲かかる度に歓喜の声があがり 熱気を増す 6am 音が止んだ 誰も帰ろうとしない 前園氏が出口で1人1人見送る  9amから取り壊し業者が来ると言う 彼から聞いたロックメモリーは数知れず 昔遊びに来たMジャガーにSワンダーにRパーマ−, ABCにガリアーノにUnderworldの二人 そしてこの日も来てたという矢沢永吉殿との友情 音楽をただただ愛してる この気持ちと姿勢だけでやってきた こんな素敵で阿呆なロック野郎に気に入られている我々はホント幸せである 音楽は絶やさず創り続けていくモノ いつだって気持ち良くさせてくれる近くて遠い存在なんだって語り合ったこともあったかな 彼のことだし すぐ次を始め僕らを溶かしてくれるに違いない 老舗の凄み そして音楽の存在意義を改めて学んだ最強の一夜であった 
 


2004
5.17

5/29 郡山へ ライブハウス主催のイベント"Dance 2 da music"に呼ばれた 地元のFunkbandと共演だったが 彼らEarth, wind & fireを始めDance classicカヴァ−のオンパレード しまいにゃDuran2のSkin tradeまで演っててウキウキヤヤヤー 僕らもかなり楽しんだステージになった マリManiaの店長にも満足して頂いた1時間強のFreaky styly showの後 打ち上げ2次回で連れてってもらったのが Musicianの間じゃ知れてるロック酒場 働いてるのは60-70代の老夫婦 寝てるとこを起こし入れてもらった よくある事らしい ここの自慢は数千枚のアナログレコードと薄暗いブルーライト、そして千個はあるであろうビデオテープだ ビデオメニューリストがあったので拝見すると こりゃまた凄い 60sー90sの洋モノ和モノ何でもござれ かなりのサプライズだ ボブマ−リ−のライブから始めお約束のメタル部門にQueenのPV特集 ボヘミアンラプソディとBicycleのポップでサイケな芸術品に感動 そして選んだのが Saturday night live show特集 アメリカで有名な長寿ライブ番組だ 僕ら世代の蒼い春ど真ん中だったミクスチャー/グランジロックアワーになると 一同画面に釘付け熱狂 流れたのは  Pearl jam/Porch, Fishbone/Everyday sunshine, beck/Where it's at, レイジ/bulls on parade,レッチリ/Stone cold bush.... うーむ最高最強 70s以来眠っていたロックの熱い魂が溢れていた時代を目の当たりにし 酒が肉となり血となる ラストに流れたのがNirvana!Smells like teen spiritとTerritorial pissingsの2曲をかましアンプを倒しドラムセットを破壊しギターをフロアに叩きつけた この激情パワーこそが当時の若者のすさんだ心の支えとなりシアトル発グランジロックの幕が開く 完全に虜の一人だった僕が留学で偶然にもシアトルに行ったのが フロントマンで時代の代弁者であったカートコヴェインが自殺する1年前 1993年のことである 彼の死を悼き自殺者が後を断たない中 MTVで観た彼らのUnplugged liveの再放送 時に切なく時に痛々しく歌うカートに涙したのは一生忘れない 
 


2004
5.17

先月半ばだったか 急にオフとなり 外は見事な五月晴れ 迷わず電車で揺られること1時間いざ鎌倉へ 歴史ある独特の文化にリゾートテイストが混ざり連日賑わう 言わずと知れた和洋折衷万能型Cityである 海辺でボーっと4時間ほど過ごし 素敵な造りの民家を眺めつつ商店街をアイス片手に練り歩き 裏路地で見つけたよ焼酎Bar! オープンエアーの入り口の暖簾をくぐれば ピーター似のママが笑顔でお迎え 昭和初期を匂わす朱色のコの字型カウンターにBGMはちあきなおみ My survey かなりの大ヒットだ 常連は地元の絵描きや作家などの文化人やその仲間 すぐ打ち解け会話も弾む 鎌倉の歴史的逸話からブルースに女の話まで 歳関係なく座談コンパは続く 途中食事で抜けたが 快感が忘れがたく終電までの約束で連れと戻った 1組の中年夫婦が帰ったようだが客は増え 外にもテーブルを出して呑む輩もいる 焼き芋に黒糖を嗜みママにサヨナラ 帰路へ 鎌倉ファンタジーに終わりはないようだ 前から海に行く約束をしてたダチと翌日また行ってしまった 他人に教えたくない楽宴処がまた一つ増えた 
 


2004
4.19

六本木心中 じゃない 六本木ヒルズに潜入してきた 目的は森美術館で六本木クロッシングなる現代美術のイベントに妹の仕事パートナーが出展してると聞いてチェキラしに なるほど綺麗な建物だア−ティスト57人のワークが次々と展開され 素人目の自分にはクエスチョンマークの連発だったがただこの中に次代の大物が潜んでいるんだろと想いながら眺めてみるとなかなか楽しめた 展望台を挟んで催されてたのが アーティスト草間弥生のクサマトリックス 60年代から米国を中心に独自の世界観で活躍しダリやウォ−ホールらと親交のあった鬼才らしい TVでPRを観て興味があった Pink Yellow Purple Redと眩しいばかりの原色を武器に不思議な国のアリスのHouse mixのようなサイケワールドはかなり刺激的なモノだった 奇妙な歌を詠うビデオもありずっこけてしまった
アート=芸の術 モダンアート=現代の美の術 音楽とまた違う凄いMagicである しばらく圧倒されボーと歩いてたらコンクリートの森に迷い込んだ 六本木ヒルズ=六本木の迷宮 人の創造力には脱帽である 例の回転トビラはひっそりと休んでいた 
 


2004
3.31

先月半ばから曲作り始めてる オレ的にはビーチでビールと美女を抱えて海の家から流れてくるような... 要はTubeに勝るくらいの夏ソングを作りたいさ リリースまだ決まってないけど頑張るさあ(沖縄風)こないだ12, 13日と盟友Fugerのレコ発で大阪 名古屋でライブ行ってきた ステージを終えマイクから焼酎グラスに持ち替え Unpluggedは朝まで続く 知り合う食い呑み屋やBarが年々増えてくのは自然で  イベントの合同打ち上げがあると そこらに辿り着けるのは早くて2am 次回までまた2,3ヶ月空くわけだし どこを最後の晩餐の場にするか 毎回不必要な勇気と決断力を振り絞っている 時間は残酷だよ 今日も曲作り 雨の中時間が過ぎていく 太陽サン 明日はキミの番だね 
 


2004
3.29

つい2日前 花見をプリッと開いた 代々木公園で男女30人物語りを綴るにはもってこいのゴン晴れ  桜五分咲き 待ち人無し 虚し 一青窈もらい泣き な感じで野郎2人でセッティング 日焼け楽しみ1pmの時点で野郎ばかりで呑んでたら隣にミニスカ5人組が 何故か奥にカメラマンやらスタッフが大勢いて ビデオカメラも回り始めた どうやら盗撮系の現場のようだ 皆パンチラに気を盗られ会話が続かない 次第にダチが集まってきてBBQ開始 女子に頼んだオニギリや卵焼きに唸り ビールから焼酎にChange ミニスカFiveがOL制服に着替え 木陰に移動するたび 視界が白黒に替わる カラーに戻しワイワイバーチャル花見を憂う浪人かオレは 夕暮れに女子がフカひれてスープを作ってくれ会話も歪んでくる すぐ脇をプロレスラー高山がモデルを連れ通り過ぎる デカイ 誰かの演出かと思うくらい一同オー 8pm居酒屋に移動 東京生まれBoowy育ちの世代だけに幾つになっても渋谷の雑踏がトモダチ 酔えば酔うほどに 誰と話してんのかわからくなる Time zone 3次回 最強karaoke居酒屋 青春の館で野郎ども全開でShowtime さっきまで隣いたオキニGalがいつの間にか帰ってる この街で捜しても10年前の若さがなけりゃまず無理なNight time 結局いつものメンバー残りアララ4amになってた
babamaniaとは無関係の僕のPrivate group "Say baba"も今年から名前換え"Super pretty"にオトナになれないオトナが集う宴は誰でもWelcome たかがスープリされどスープリ それがモラルさ
 


2004
2.24

翌日大阪ワンマンがあるため名古屋で打ち上げ出来ず 終演後移動 またもや酒はお預け 翌17日気持ちいい目覚め クアトロのステージ上に熱帯系の木々と義弟が造ってくれたフラッグを飾り 忘れた衣装も届きスタンバイ 去年は僕の先走りMCが発端で毎月ロックしに行った浪速 決して無駄ではなかった ワンマンをずっと待ってくれてたファンが多く 実にエキサイティングでパワフルなShowだったと思う 打ち上げが始まり 何より自分も含めメンバーの嬉しそうな表情がよかった オレらは完璧ではないだが学び続ける 学ぶことにギブアップはないと言ったのはソウルの良心Curtis Mayfieldだった 2次回でロック酒場RockRockへ ここはHM/HR中心にロック系ならほぼ何でも揃う 音の快楽園だしかも来日アーティストは大体遊びに来るほど 向こうの匂いがプンプン お決まりのテキーラショット一気が止まらない ダイゴもユージンもマリもフロアで跳ねて揺れて笑ってる ガンズのParadise cityで大合唱し Zeppelinの胸いっぱいの愛で両手を天井に拡げ オジーのParanoidでヘッドバンギン硝子の十代の頃 皆ただのハードロック野郎だったもんな 人から人へ世代から世代に 音楽は万福の生物として語り継がれてくんだろう 僕がこの世界に居る理由ーそれはババメイニアにマジックの可能性を信じていて 音楽が人々にもっともっと身近なモノだと感じて欲しいから
 


2004
2.24

1日かけて帰京し 東京はクリスマス仕様に ワム 達郎 潤一のお約束Songsを耳にしながら昔の恋いを想い出す 2日ともMeetingで終り 家への淋しい帰路だった 26日になると急に連絡が取れる女友達おまんら許さんぜよとばかりに年末呑み倒しWeekのスタート 29日リハの夜以外は道端で転倒するわ記憶ないわで 迎えました大晦日 ライブレポートは以前に書いたので割愛するが 最上な年明けでした Jungleツアーも残すとこ3本 ワンマン用にリハMenuを替え皆張り切る 風邪防止のため呑みを控え体力蓄積のためジョギングとメールは欠かさず続けた いざ1/16名古屋アポロシアター 地元TV番組のPushが功を成してか 狭い会場は熱気ブリンブリン ローカル期待のHiphopクルー,カルテットが先陣 そして惑星が強弩のごとくR&Rし会場を煽る アゲアゲで楽屋に入り準備しようとした時だ 焦った 今夜着ようとしてた衣装を忘れ アンコールに用意しといたTバックカウボーイ分しかないじゃないか えーい仕方ない 失笑そして心配するメンバー 客席との距離はホント近い 許せ名古屋, オレの尻だとばかり勝手にスパークした ダイゴ曰く 狭いステージで尻を視ながらのドラミングは ある意味格別だったようだ ここ名古屋にもやっと火がついたと実感した夜だった 今年は強気に攻めるぜコーチン 3/13クアトロに出るから待っててくれ 
 


2004
2.24

12/20 今年3度目の南の楽園へ 寝不足のせいか 宜野湾へ向かう車窓からの景色が見事なセピア色だ 今回は沖縄インディーズ界のヒラリークリントン, ケンコ姐さんの生誕祭3daysに参加させてもらった 一体何者なんだ 見た目はお笑い, 博多出身なのに関西人以上のマシンガントークを武器にライブ制作からラジオのDJにイベントのMCまでこなす 不思議な方 最初会った時は大人しい沖縄人がよく彼女のテンポについてけるなあと思ったが これぞ人徳が成せる業か, 気付けば皆 彼女を慕っているんだHuman stageでリハが始まり 思わぬ光景に出くわす 小学生風の女子4人組が アコーディオン, 木琴,縦笛やらを抱えて GS歌謡風味なポップスをハモってる ピッピ隊というグループとの出会いだったライブ本番に客を座らせ 淡々と歌う様は 紙芝居を愉しむ雰囲気 正直カルチャーショッキ! メンバーもマネージャーもCDゲッツ ババがもっとデカクなったら一緒に全国を廻りたい 皆ノックアウトだよ おかげで楽しいステージがウチラも出来たよ 翌日オフ ケンコ生誕祭はコザの子供の国ステージに場所を替え始まっていた 仲良くなった耳切坊主やNew Townerのライブを観に出かける 残念ながら耳切は終ってたが New Townerに間に合い芝生にゴロン とにかくこっちはのーんびりがルール イキのいいFunkをベースにかます2MCが気持ちよく女子高生に人気だった 夕方に恩納村にあるダチのBarにオフで腑抜けなマネージャーと出動 泡盛でハイになったところに女子8人組が来店 なんでも地元の同窓会らしく鍋持参でPartyが始まった 仲間に入りたいオレ 飯を恵んで欲しいマネージャー 一人が連れてきてた子供を捕まえ 交友作戦開始 1時間後にはカウンターからカウチに移り仲間入りオレこの娘のパパになるわ と妙に母親に迫るマネージャー 沖縄版"8人の女"試写会は実に美味しかった 翌朝博多に移動 ここもIDツアー以来だから1年半も経っちまった 客足はまだまだButコアなファンは待っててくれたし これからさ 街を歩けばあんだけ美しいOLがわんさか だいじょうーVシネマ後は身を委ねカリスマDJエイジ仕切りの打ち上げ大会 2軒目の居酒屋で二人が目にしたのはカウンターに座る超セクシーパンサー メンバーとわいわいやりながらもエイジさんの視線はパンサーに 負けじと僕もゴン視 帰り際話しかけるも撃沈 にしても最高のFigureだった彼女 オレは歌う ZeppelinのRamble onさ "流れに身をまかせ 今旅立たねばならない オレの歌を歌うために 世界中を旅するんだ オレの女を探すのさ その旅の途中で"  
 


2004
2.14

12/16 広島ナイトで打ち上げ過ぎて顔面ボロボロなまま鹿児島へ移動 九州横断ならぬタテ乗り倒しみたいな 遠いっちゅーねん 2週間前にプロモでマリと来たがホント女子可愛いんだよ 博多、熊本と並んで鹿児島は酒池肉林女祭の横綱都市であります 明日の打ち上げにと 大安という激旨い鶏居酒屋を予約しに足運んだつもりが ユージンとそのまま呑みに走ってた 翌日 実に1年半ぶりのライブ  ブリブリ暴れてた半裸Boyzが脳裏から離れないまま 同じSRホールに着き 硬い身体を入念にストレッチ 鹿児島キッズの爆発力は圧巻で ステージ上の酸素薄い薄い(苦笑) ブチ(長渕剛)の桜島ライブなんかどうなっちまうんだろって 余計な想像しながらFever!Fever! 半裸Boyzは少しオトナになってた 大安にて鶏フルコースを愉しみ 薩摩&日向のカリスマ DJポッキーさんとナオン de la ネオンに包まれ も一度Fever!Fever! 博多のカリスマ DJエイジさんに二人で電話し 誘われてないって怒ってた(笑) 12/18 さあ熊本だ Finalを除けば今回のツアーの大一番なだけにメンバーのテンションかなり高し ふたを開けりゃ 前回の火の国罠ロックイベントで味わった興奮が倍になってた ここのお客様というとキッズはもちろん サラリ−マンのおっさんにヤンキーに普通のOLまで多種多様  皆とにかく元気で おいおい御輿担いでんじゃねーしって突っ込み入れたくなる程騒ぎっぱなし アンコール入れ19Songs ほぼワンマンなJungle祭りはあっという間にカーテンコール  いつもの店でマスターが純度100%のスマイルと御馳走で迎えてくれた 今宵の焼酎は佐藤のハナタレ大石流と一人蔵から黒櫻井が主役ここのカリスマDJかなぶんやさん、立役者FMK高瀬氏らとその味わいに唸りながら語りに火がつく 二人帰り七人帰りメンツ模様替えとなったところで熊本限定一気ゲーム ニョキニョキニョッキイエーイ 目が垂れまくりで気分はトムウェイツ 目を瞑り あー明日は沖縄かーと蒼い珊瑚礁を頭に浮かべたらトムがしわがれ声で言う "明日もキミは歌うのさ" そうだライブだ もう朝じゃないか 睡眠はどうなるんだい(苦渋) マスター、この店は最高過ぎて何も言うこたないさ ただ一つリクエストがある 彼のレコードをカウンターにそっと置いといておくれ "Closing time"をね
 


2004
2.2

旅の続きを 12/13再び西へ ルミナリエで賑わう神戸に到着 以前にも触れたがここスタークラブの名物店長の恒例企画モノ"ときめきFunkyナイト"に呼ばれ ズボンズ, 倭ジェロと共演することになった 聞くと今回はスペシャルってことで名前が "ときめきFunkyナイト プレミアム"とグレードアップ  やっぱ嬉しいよな プレミアムなんて(笑え)それだけでアガレル俺の心の師は 高田純二であるにしても実にパワフルな夜だった 3組とも音こそ違えど ライブパフォーマンスに懸けるテンションは共通したものを感じる これに惑星とデトロイト7と韻シストらを迎えて 鉄と鉛の連中にはステージ壁のオブジェになってもらえば ブリリアントなロックShowになるんだが いかがですか店長?? 12/15 超久しぶりな広島 親戚がいつも新鮮な瀬戸内海の幸を御馳走してくれるし ネオン街は朝まで妖しいし 本音は年に4回ほど来たいけど そう上手くはイカない 会場は初めてのCave-Be いい箱だ あいにくの雨も熱気ムンムン 演奏ブンブン 腰にズンズン 2夜続けてのJungle Feverは亜熱帯系筋肉のメインテナンスにピッタリだったさ 楽しみだった魚の宴 河豚に牡蠣におこぜを口に頬張り舌が笑う Bassのブラックなんか 鰻重を肴に握りを頼んでる 親方の今日の一言で締め 知り合いのJazz Barへ と言っても店に流れるのは致死量スレスレ爆音ババメイニア(大爆笑) それに合わせ自慢のドラムを叩く阿呆なスキンヘッドのマスターは今宵もベロベロ 時々ダイゴに指令が下る"お前が行けー叩けー" 優しいママからはセーターを頂き マスターと1?回目の乾杯をする "ゲンキ、次はいつ来るんや"  "まー待っとや" "Okay、気合い入れろ ええか" お別れの時はいつもこんな感じである
音楽は友情の紬糸を引き続ける万能な生命体でもある
 


2004
1.10

金沢から北上し新潟へ 万代橋から望む信濃川は今日も最強だが うーむ冬は風が強く寒過ぎ 繁華街と会場が川を隔て離れているため 楽しみのへぎ蕎麦もおあずけ 今宵からShow3連チャンだってのによ けどライブ始まってしまえば チェーン店で食べたラーメンすら満足に消化され 酒を欲するこのボディが憎たらしい 一番前にデカイ外人がビール片手にノリノリ MCダイゴの時にも1人英語で応戦してるもんだから誰だコイツと思ったら 最近知り合ったラジオDJロビンじゃねーか 仕事で会ったスタジオでは紳士で大人しいヘンリーロリンズっぽい印象だったが 目の前の彼はまさに凶暴なバイキング野郎さ 外人狂の俺がアガッタのは言うまでもない 新潟キッズのJump力も超人級だったぞ 後半なんか小さな小屋がRollingして ドリフのコント用の家になっちゃうんじゃねーかってくらい大騒ぎだったな 明けて仙台 こないだ利休だったし太助に行こう 名物牛たん屋の話である 絹の道かと思うほど長いアーケードで女子Watchingを愉しみ本番だ 客足は乏しかった Show自体は良かった 慣れ親しんだJunkBoxの楽屋で 来年こそここをパンパンにしてRollingしてやると独りバストに誓った 新潟に続いて参戦してくれた盟友Fugerとは二夜続けて酒宴を催した  奴らのポテンシャルパワーは素晴らしく  いづれ大化けするだろう 11日郡山へ 黄金の喉も疲れてきたようだ 硝子の三十路ボディは大丈夫 8PM 不甲斐ない自分がステージにいた こういう感情の見え隠れするスペースで垣間見るファンのノリや笑顔には全く感謝だが やはり悔しかった  表情には出さなかったが 一度東京へ戻るメンバー車には乗れなかった 小屋の店長と呑み地元の友の家に泊めてもらった 一度ついた傷跡はなかなか癒そうとしない性格らしい Mazochist=マゾヒストってやつか 次回の郡山公演までちゃんと心のクローゼット2段目にしまっとく 引き出しのロックは壊れている だから いつ痛み始めるか予測不可能だが 俺にはそれがちょうどいい 満足してるばかりじゃヒトを演じれないし 理性を持たず前に進むのなら俺は草原を駆けるシマウマでいい 信念を貫くのには山と谷を往復しないとならない 俺はヒトとしてまだまだ青二才, 小学校の給食に出てきたマーガリンみたいなもん 最後にマイケルジョーダンの言葉から "俺は何回も何回も何回も失敗した それが, 俺が成功した理由さ"
Cheers.
 


2004
1.6

ジャングルの旅の続きを話そう 12/6金沢へ 会場AZホールのボスと魚を食べ2次回に行く途中 何やら若者が溜ってる クラブのイベントのようで聞いたらSoldOutで当券が無いようだ にしてもキュートなギャルがわんさか中に入っていく ボーっと眺めること1時間半 酔いつぶれ車で運ばれる女子まで!一体 中でどんな楽しくて激しいPartyが繰り広げられてるんだろう 入れない見えない あー虚しいぜブラザーシスター(ジャンボ マンボ) 悔しさで寝れず翌日ライブ ハイテンションライブスクールがあったら間違いなく同級生のポリシックスと2マンShow 極寒で雪もパラパラ 会場は満員で熱いぜ ポリ最高の先陣切ってくれてババ出陣 よう盛り上がってくれたわなー加賀ピープルよ AZボスに近い将来Barカウンター設けてくれと懇願しといたから もし出来たら酒かっくらって今以上に踊り狂おうぜ 蓄音機博物館にババの名が刻まれるまで 暴れに来るからさ イエー打ち上げだ ポリとお疲れ会して2次回は"とんがらし"っていう居酒屋 ん?唐辛子? マネージャーと俺が悦んだのは言うまでもない  さあ始まるよレッチリゲーム!! スタッフ, 地元のTV&FM局, レコード屋を巻き込んでの爆笑バトル マリ ダイゴは参加せず常連Loserユージンも隣のテーブルへ 以前このコーナーで説明したが この辛いゲーム タダのジャンケンでは済まないのがミソ 10人居たとしよう もし1回でいきなり勝負ついたらお前が食べ 最後負けた奴が女子なら俺が食べようって感じでルールがどんどん増えていき それはそれはなかなか終わらないのだ たとえラスト2人残っても 勇者を募るとか言い出して 女子がハーイなんて言った時にゃ, その娘が負けたら とっくに勝って笑ってた奴が泣くことになる(笑) 結果, 俺は女子をかばい過ぎ3回ほど真紅の唐辛子の山を頬張った(赤) そりゃ愉快でずっと続き ライブ良かったねーとかいう話はこっちのテーブルじゃ一度も出なかったな 騒ぎ足りず数名でジャンベBarへ 男女同数だったし久々味わった目隠し告白大会!! 男子下向いて彼氏 旦那 愛人にしたいヒトの手を女子が触るが誰かはわからない理性無視&腰以下無重力アワー 俺も歳取ったな 真剣ドキドキしたもん 翌日オフでAZホールに行き寛いでたが 尻が熱い 赤くないのに重いというかしゃんと立てないんだよ トイレから出てきたらもう夕方だったさ めげずに皆で激シブな和食屋へ おでんも魚も美味かったなあ金沢のファンの皆様&関係者様 今年も金沢にて至福の時を過ごせたことに超感謝します ババは今日も元気に そして僕は今宵も呑んでます  加賀百万石罠ローック!
 


2004
1.4

Ha Ha Ha Happy new year baby!! Y2Kなんて騒がれた2000年から早4年,  去年にプレイバック 春のイラク戦争に始まり, 困難度マックスの北朝鮮核開発問題, ゴジラ松井のメジャーリーグデビュー 疑問だらけに始まり不安だらけで幕を閉じたマニフェスト論争, 平泳ぎ世界最速の男北島にリスペクトそして"Da Man"星野率いる阪神のリーグ優勝に感涙, 衝撃のフセイン拘束に自衛隊派遣に至るまでサプライズ!サプライズ! サプライズ!言わば善因善果から悪因悪果まで事事のパレードだった そして神戸, 名古屋, 埼玉にて計12万6000人が熱狂した大晦日, 聖なる格闘技ナイトに 僕らは幕張メッセのカウントダウンイベントで年明け1発目という大役を演じていた サブステージではあったがその瞬間のエクスタシーといったら ファットボーイスリムのRockFella Skankに猪木の123ダー!がループされたようなもの あんな大勢の人の前で歌わせてもらったロッキンオンに感謝感謝 2004最高のスタートが切れました 明けて2日, ブンブンサテライツのカワシマ氏の家で新年会 レッチリやスマパンのDVD鑑賞, UK音事情からマルコムXの黒人原理主義まで 尽きる事のないチャットは朝6時まで 今年もロックすんべ!と誓いあい帰宅 翌日明治神宮へ初詣 願掛けにこう書いた 俺は吉野屋の牛丼が好きだ
 


2003
12.26

11/21名古屋を皮切りに "Welcome to da jungle(カタカナ表記)"ツアーが始まった 今年出した2枚のアルバムを核にソングリストを皆で練る 実際に演ってみてシックリ来なかったら曲順を替えてみるShow=Live=生のモノだから何らかのマイナーチェンジは必要になってくる ショー全体もしくは個人の調子が悪い時は凹む時もある ただ原因が明らかならば悩む暇など無い 明日はこうしようとか色々思案する メンバー同士のアドバイスも以前より増えてきてる マイナスをプラスに換える力がそこにあれば結果は自ずとついてくると僕は信じている Take a positive approach to life=人生に積極的に取り組めよ... 高校時代の今は亡き英語の恩師が僕に教えてくれた 最高のフレーズである 京都 大阪と廻り26日に東京ライブがあり新潟キャンペーンに29日前橋ライブ, 翌週12月に入ってから九州キャンペーン3泊と忙しい日々が続く 合間を這ってキルビル#1を観に行った レザボアドッグスに惚れて以来タランティーノ監督の作品は ほぼ全てCheckしたが今作がまたカックイイ 内容描写共に彼のJapaneseオタクぶりがこれでもかって程活かされおり 毎度楽しみなサウンドトラックも激ヤバ特にサンタエスメラルダの悲しき願いインストバージョンをバックに 見事な刀さばきを演じるヒロインユマサーマンの眼光にノックアウト 雪化粧の中ど演歌が流れるシーンにも度胆抜かれ とても楽しめたKILL BILL... 続きが楽しみである これから北陸 東北と続く僕らのJungleパーティー お題を付けるならKILL CHILL(冷気を取払え)といったところか
 


2003
12.22

Nov16th, 前日の渋谷タワーインストアライブを無事終え 沖縄へ 新しくタワー那覇店の上に出来たライブハウスのこけら落としShowだ やはり南の聖地は暖かい 昼間 沖大で学園祭あったからPRに女子はみなアクターズスクール所属ガールズにしか見えない ラテン祭りに放り込まれた気分さ 会場に戻り東京のPangというレゲエテイストのR&B歌手を観る 歌上手いなあ そして東京のZZ 俺には無い若さ剥き出しのステージ 10歳若返る漢方薬を捜す旅に出ようと思った そしてババ on da stage俺等は俺等さ ダイゴが吠えブラックが唸りユージンが奏でマリが唄いゲンキが脱ぐ あれ合ってるか??ダチのモンパチキヨサク、耳切坊主(ミミチリボーズ)らが来てくれて 打ち上げはキヨサクの知り合いの店に Band連中には有名な素敵な店だった 何でもマスターが東京で大病をし仕事も辞め夫婦で沖縄に移住 病気をしたのは体に良い食べ物を食べないからだ との結論に考えが達し独学で居酒屋を始めたようだ 机に並ぶ美食の数々 沖縄料理にとらわれないオリジナル 参った美味い旨い 自慢の古酒も激ヤバ キヨサクと彼らの新曲ヨロコビノウタをバックに会話が弾む 彼とは音楽の話しよりも人としての会話を楽しむようにしている 隣りにいると落ち着く そんな男だ ママとも熱いトークを交わし帰路へ ここ沖縄には愛の小川がど真ん中に流れ 独特の笑顔が待っている 何度来てもサプライズに近い悦びを得られるワンダーランド 何かあれば沖縄に身を委ねるのがベターだろう 人は気持ち次第だなと教えられる それがOkinawa time 長寿国には立派な訳がある  
 


2003
12.22

Nov10th, 名古屋&金沢キャンペーン 従来の名古屋PRに新たな味方が加わった 東海TVである 罠ロックを聴いて気に入ってくれたようだ 夜にBossらしき方と短時間だったが酒を交わし マリと上下自在ネタを披露し BossもFeel so goooood! 2日後には音楽番組の来月のマンスリー特集が決まったさ 翌日お気に入りの金沢到着 ラジオにTV, レコード屋にライブハウスまで皆一丸となって応援してくれてる まさにババメディア 近い将来金沢に1曲捧げなければいかんのー 加賀百万ショックなんて曲名はどうだ ボツだ 呑んだ後 宮崎で覚えたキャバクラの味が忘れられなく生涯2度目の快感Zoneへ 今宵お世話になった店は名前勝ち"成人の館" 俺ら成人だもんな義務だろ行くの 野郎2人並んで壁に向かって座り すかさず女子が隣りに 私ハマナスです 私は夏ミカン Oh-my-goddd, 可愛いじゃないか名前ー 顔は暗くてわからん しばらくしてけたたましいユーロビートが流れなんと女子軍団の自己紹介タイムに ステージ上で顔が明らかに あ、ハマナスPretty! アガルアガル 延長決定 あれ笑いどころか金の流出も止まらない 結局連れに借りる羽目に どうやら夏ミカンちゃんは12月から東京に行くらしい ハマナスちゃんはまだ館でグレーの制服を着て100万円の笑顔を振りまいてるんだろうか 俺等まさにGreatest foolである 
 


2003
12.7

新譜ジャン$リビのリリースを仙台で迎え 翌日のSaybaba Tokyoに向け気合いを入れる 11/6クラブAsia, 思い起こせばデビュー曲PauHanaのPV撮影場所でもあるこの箱 個人的にお気に入りの空間今年仲良くなったGQ06, 惑星と一緒にShowdown 前日に酒控えるとこんなに調子いいんかい?と自問したい位ソリッドなステージングがメンバーと共に出来たと思う ファンを始め色んな方が観に来てくれて感謝感謝 なかでもアルバムIDのRecordingで上から下までお世話になった湖のホテルの皆さんが河口湖町からわざわざ来てくれてHappyだった 神々しい冨士山を視ながら3ヶ月にも及んだEgoRecの想い出は近々このコーナーで綴ることにしよう 8SatアホFriendsとガッツリ呑む テキーラってかなり酔っぱげ 気付けばカラオケBoxでマイクを握ってる自分がいた 学生時代のナンバーしか歌えないのは致し方ない 光Genjiに始まり少年隊にバブルガム, いも欽トリオにM.C.A.T 振り付けに若い女子がひいてる 歌うのは年に一度とFriendsの間で契約しているYAZAWAの止まらないHA-HA-までやってしまった 締めは尾崎豊の15の夜と卒業 1フレーズごとに隣にマイクを渡してく2大必殺チューン サビに回ってきた奴がラッキー どれだけ切れて歌うかがポイントという自己満足欲を凝縮した感動の瞬間である 朝日をバックにお互いボロボロの顔を見て帰る友情は 大学を卒業して8年ほど経った今も薄れることのない岩のように強固なモノ まさにRockなのだ 
 


2003
11.27

11/4 ジャンリビのキャンペーンでマリックと東北へ 福島FMでトーキンジャイブして初めての地 盛岡へ 空気が透き通ってて陽が気持ち良い 傑作 銀河鉄道の夜が生まれた場所だ 宮沢賢治はここ岩手の農業高校の出身 この豊かな自然の中で育まれた感性が 少年たちの夢をかなえる壮大なFantasyを描かせたと思うと感慨無量である やはり自分の肉眼でしかとCheckしないと舞台裏の真実は見えてこないものだ 近い将来ツアーでここに来よう 夕方秋田へ移動 この日移動は全て電車だったため 気分は"東北の車窓から"ほぼ変わらない景色ながら飽きないのは Tokyoでは観ることのない色彩のせいだろう つかの間のPrivateLessonである 日本海側に位置する秋田の風はほんと寒い 以前ツアーで仲良くなったFMの連中らと呑みに行く どんなに焼酎好きでも ここでは日本酒 きりたんぽ鍋より他の肴の方が美味しかった 寒いねーって話してたら話題は雪に 同じ秋田でも場所により積雪の度合いや少年時代の遊び方に方言同様違いがあるようだ 秋田の上に青森そして北海道 そりゃマイナスの世界が拡がってるわけだ その分人々にはプラスの心が宿ってるんだろう じゃなきゃあそこまで優しさは持てない 雪化粧 雪娘 雪肌 名残雪... 優美な言葉の数々である 今年も1年の汚濁を純白に染める儀式が待っている 僕も雪女とデートしたら少しは洗練されるだろうか 
 


2003
11.4

11/1 ダチと青山のクラブへ Jack Johnsonと共演し好評を得たMC Logic from NYCのプレイが観れると聞いて足を運んだ 洗練されたJamセッションを得意としていて今宵のお相手は日本のウルトラFunky-Jazzバンドらしい ここに来るのは初めてだったが焼酎や泡盛までありGood 客層もいかにもって感じのお洒落なビートジャンキー共で心地良し さあ始まった Logicが先づ音初め そしてドラムがスコーン おーおーベースがブリ ギターにホーン 気持ちエエ Stevie Wonder似のリーダーらしきキーボードGuyがイエーイと煽ると会場は熱気ムンムンに ミドルテンポからロック調ありJungleBass系ありと刺激メキメキで身体が止まらん Logicさーんアナタは何者ですかーって聞きたくなったさ 特にドラムとの絡みがかっちょよかった 他のメンバーもブラボーでしたがスーパーテクに走り過ぎた感はあったな 音楽にせよビールにせよSEXにせよやっぱ生は素晴らしい そういやブルーノートにも久しく行ってない 今夜はさー六本木ほどガッツリはパス でも音の刺激が なーんて欲望がかなう街 青山 クラブ真空管でルパン3世のテーマが流れるまで踊り狂い土曜深夜族なんて言葉に誇りすら感じてたのも もう12年も前のことだ 時は金なり 歳は不利なり 
 


2003
11.1

10/31 エイティーズ 東京オールドスクール 腐れ縁 ハードロック... Penpalsとの共通項を挙げるとこんなとこだろう 4年前かな 彼らと知り合い何度かライブ一緒に演っては呑んでたなー 今年新たにベーシストを迎え4人となった彼らのツアーが始まった そして宇都宮のショーのゲストバンドに呼ばれ喜んでGoサイン 1年半ぶりかな餃子の街は あったVogue いたいたペンパルズ 聞いたら今宵SoldOutだって さすがだーに リハ終えて餃子娘探す暇も無く本番 タテノリキッズで一杯の空間 やはりAngelあたりがビンゴのようだ 新曲にも大暴れな反応してくれてハッピーでした そして真打ち登場 いやーとにかく縦タテ縦タテに盛り上がりっぱなし 楽屋から一歩も出れないほどフロアが暑さと匂いで充満してる 彼らはカバー曲もお得意 ハノイロックスのマリブビーチ 俺とユージンも高校生の時やってたなー そしてアンコールではアイアンメイデンのTroopers もちろんキッズにゃわからない Vocalの林がMC "ここからはオトナの時間ですよ"だって 爆笑 超懐かしいギターリフに楽屋一同オー 林はちゃんとギター1回転させて横で観てた俺に指差してた そう俺らHR HM世代にしかわからない時間ってのもある このままオヤジになって若い子達に あの頃ジューダスプリーストはどうでドッケンがこうでメガデスが...なんてうんちく垂れる奴にだけはなるもんかって思ってる世代だ 来月からババもツアーさ 歌詞を必死に暗記してるトコだ I know for sure you guys are ready to get in da Jungle. TTYL, G
 


2003
11.1

10/18 大阪Minami Wheel ミナミの秋の名物音楽イベントで形態は札幌のMix2000に似てる 3日間10ケ所以上のライブハウスで100近いBandやらArtistが出演する 音の洪水Weekendてやつだ 僕ら今年で3度目の参加 毎年誘ってもらい光栄だ Bahama, Atlanticsとやって今年はどの小屋になるんだろって期待してたら期待以上のお返事 土曜深夜の部@マザーホール InTheSoupの中尾君やスネオヘアらと一緒マジカルデケー小屋なんだぜ 前日までワクワクしっぱなしだった ミナミ着いたのが昼間 軽く仕事して7pmから時間空いてしまった 日本シリーズ開幕日ってこともあり人出の数が半端ない 大阪中がソワソワしてるんだろう 東京からも沢山Bandがやって来てるし Gも歩けばバンドマンに当たる状態さ そんな中Fugerの連中に捕まった 早い出番ですでに打ち上げてるらしい うーむ顔出しくらいしねーと 呑み屋でウーロン茶なんて方程式は昭和の話 Guns'n rosesの懐かし話で盛り上がったら焼酎が出て来た 12時 そうだ新譜のポスターを渡さねばと好きな呑み屋2件はしご あーまた焼酎だ 2件目のロックバーにはこれからマザーホール行く客もいて Guns, レイジやレッチリにノリノリ しまいにはクール&ザギャングのJungleブギで踊ってる自分がいる やばい集合時間の3時だ 小屋も衣装置いてある宿も隣街の難波じゃないか 会場入りしたのは15分前だったろうか 皆の冷ややかな目が厳しい やるしかない ステージ立ったら1000人弱のクラウドがアブナイ位のテンション もう4amだもんな アゲアゲさー 2曲目ClassicBitchでステージから落ちた その後も転倒 そして右足首グキ またヤッチマッタ 自業自得だが深夜の狂演にゃこれくらいの懺悔が必要だったってことだろう おかげでまだ完治にゃ至ってないがホント楽しいヤバいPartyやった リスペクト大阪人、次の狂宴は11/24心斎橋Dropでの大阪罠ロックおろしだぞ Get up and go!
 


2003
10.11

北半球は秋を迎えたようだ NY, ダラス, シアトル, パリに北京とダチが結構海外に住んでて秋の便りに目を通す今日この頃 ここ東京も朝夕はめっきり涼しくなり夏を惜しむ呑み会があちらこちらで 先週末 野郎だけで箱根まで日帰り温泉に行ってきた 都内からは90分ほどのアクセス 日曜ってことで猿風呂かと思う程込み合っていたが 湯に浸かってしまえば極楽 何だか歳とったなーなんて言い合えるダチって大事だよなー 帰りの車内で温泉合コンを思案する 各々鼻血が垂れるのを必死に抑える 果たして実現するのか 季節の変わり目と共に楽しみなのが女子の衣替えと魚料理 秋刀魚は無論, 牡蠣やブリもこれから 新譜Dropまで待ち切れない僕らは今年もツアーに出る 各地の人と酒と肴が待ってくれてる 北に南にババは車転がしキミの街へ 最高のステージを約束します 笛と身体磨いて待っときやー    
 


2003
10.1

沖縄最終日 やっと晴れてビッグスカイがニコリ 雲が少なく建物も低いためLAのそれに近いものがある 台風で今日予定してた野外イベントが一旦中止となり 慌てて夜に別のライブを入れた but やっぱりイベントやることになりダブルヘッダーに まずは昼の部 場所は動物園 ダイゴとブラックはウキウキだろう なるほど園内にステージがありキリンや象サンが座って観てる な訳ねーな HIPHOP系のイベントで若者がゆっくり集まってきてる モンパチのキヨサク君も来てくれたが奴は動物園やたら似合うな ニュータウナーってグループもダチになったさ 日焼けしながらのステージは気持ちよかー のんびり観てるお客さんに癒されまた変な約束をしてしまった 今度来たらハイサイおじさん唄うかんねー ちゃんと拍手が やるしかねーなこりゃ 僕らの後にダンスコンテストあったんだが皆ホント上手い やっぱ血が違うんだろーね 夕方恩納村に移動 途中金武に寄ってタコライスで腹ごしらえ Peaceってライブ小屋に着いたら Koboseがちょうど演ってていい感じ 沖縄ラストだし遊ぼうかってことになり リスト作らずGIG開始 小屋が狭い分僕らも客も跳ねまくりっぱなし ちなみに2回目のアンコールは罠ロックでした 打ち上げ途中抜けてマネージャーのダチがやってるオンザビーチのBARへ 波を聞き風に吹かれ呑む残波はエクセレント ブラックが呟いた 俺沖縄好きっす 今回は台風と晴れの両方を味わえたし沢山の出合いもあり最高の旅だった 音楽が風土の一部になってるこの島は僕ら日本の宝の一つである事は疑う余地も無かろう ここには愛がある    
 


2003
9.23

19日 羽田空港集合 台風15号が沖縄を襲い飛行機Delay気味も何とか離陸 そしてやって来たぜマイ沖縄 なーんだ小雨じゃんと会場のHumanStageに向かいリハ終えたら暴風雨がやってきてガチョーン イベントタイトルがTyphoon condition 焦る 傘さしても頭からつま先までびしょ濡れ それでもお客は来る来る 車社会ならではだ 地元に言わせりゃ今日のはそよ風みたいなもんだとさ 俺はびびってたけど いいBandに出会ったさ 耳切坊主 ミミチリボウズと読む グランジの匂いのする素朴な音ですぐ好きになった 話しかけたら彼らも僕らに会えるのを楽しみにしてたらしい バンド版合コンだな 東京のKOBOSE, 去年ここに初めて来た時に知り合ったKARUMAも一緒で楽しい夜だ こんな天候で東京に居たら絶対行かないだろう打ち上げも全員参加 居酒屋大学っていう店なので期待したがやはり女子大生は全くいなかった 心虚しく残波(泡盛)漬け翌日 曇り マリとレコード店回り 国際通りは相変わらず賑やか 会場のあるコザに移動 基地が近く通りは米兵で溢れてる 去年演った7th Heavenに着いてリハを終える 近くにHide Awayっていうライブバーがありここが凄い ステージの前にモッシュピットがあり外人同士の喧嘩も絶えないというタフな空間なのだ スタッフもオール外人 CDを届けに行ったら そこのハウスバンドのBillって男を紹介された タッパ190の大男でどんな音楽演ってるんだいって聞いたら ニヤリと一言 "Heavy" なるほどオズフェスが小屋になったようなもんか 来年来た時は演らせてくれないかと交渉 "Okay, call me" 携帯の番号が書かれた紙切れを渡され 彼"今夜 俺ら観に来なよ" 僕"もちろんさ"と適当に答えて会場に戻る ビル, 来年絶対演らせてな この日はスカバンド5つに混じってRock! 地元民に途中酔っパの外人の群れも混じり盛り上がったさあ ライブ終わり残波をグビグビ スカも沖縄で聴くとまた新鮮で気持ちE ここ7th Heavenも深夜の部は外人の溜り場となりハウスバンドがちゃんといる 去年すれ違っただけで話せなかったVocalの彼に声をかけたら そこのオーナーで日系4世のナイスガイだった 気付けばアメリカン以外僕しか残ってなくて皆様打ち上げに行っちまったようだ 彼のステージが始まった メタルとグランジの間の音 米兵らのヘッドバンギング 10年前に留学してたシアトルのローカルライブの光景とダブった 聞くに沖縄とアメリカ以外でのライブは広島で2回だけだそうだ 未だこっちの人は僕ら本土からの客を内地の人と呼ぶ 日本の中なのに限り無くアメリカーナと見せかけ実は唯一無比なインデペンデント空間 それが沖縄の風であり土であり人である 今宵も残波の香りに誘われ 音と時間がゆっくりと過ぎていく    
 


2003
9.23

16日新曲のプロモビデオShooting 前日まで衣装借りるのにせっせと都内駆けめぐりギリギリ間に合った 場所は横浜 朝8時入りってアンタ アブない刑事の撮影じゃないんだから 昼飯晩飯と時間はどんどん過ぎていく 映画制作って数か月 数年かかるんでしょ 相当な精神力と想像力に体力が必要だよな Recording中の俺らも篭の中のオウムのようだが 結局終わったのが翌朝8am サマーブギの時と全く同じ24時間労働だったよ 内容は内緒だけどオモロイのが出来そうだ スタッフの皆様お疲れ山でした 金曜から沖縄さあ海パンにビーサンにカメラ... え、ライブ3連チャンなの?    
 


2003
9.23

9/14Sun 俺の大好物 野外ライブさ ここ代々木公園のステージはテクノ系のイベントでよく遊びに行ってるから一度やりたかったんだ 都内だと日比谷野音とここ位だもんな しかも今日は無料イベント さあ爺さん婆さんらも踊り来いさあ 湿気無しの快晴 いいぞー ビール呑みてー 屋台用に酒屋さんがビール樽をトラックに積んで日焼けしてる しかも楽屋の目の前だ つい話しかけてしまった したら兄さんまあ呑みなよって う、旨い 普段滅多に観に来ないダチ共も野外でタダと聞いて沢山来やがった アゲアゲで6pm ステージへ 夕陽が迫る空は俺の味方だ 夢中で唄い踊った 曲間には ほろ酔い共のババ笛が俺らを煽り気持ち良すぎ 酒屋の兄さんらも顔真っ赤で暴れてる お祭りだよまさに 毎週ありゃいいのになー ババの後プリスクールが出てこちらも盛り上がり無事クローズ 主催のクラブ328オーナー前さんお疲れっした ライブ後 僕のダチらに死ぬほどビール無料提供してくれた酒屋さん有難う そして一緒に夏を体感してくれたお客様 心から感謝してます 来年は必ず夏フェス制覇したる    
 


2003
9.13

秋の新譜Dropに向け色々慌ただしくなってきたさ クソ暑さが戻ってきたのは嬉しいが こうも毎日都内を歩いてると気が滅入る 新潟か仙台にでもパリッと遊び行って肴食べたいな 明日14日代々木公園でフリーライブやで イベント自体正午スタート 九州で世話になってるモンチョが1pm過ぎに出るでー最高かっこええんよ 僕らは夕方かな 太陽の下ビールかっ喰らって踊り狂おうぜい みんな、待ってるよーん  
 


2003
9.10

8/20 高田馬場PHASE 堂島孝平ちゃん企画でナナナインと福岡以来の再会を味わう 会場は女子女子女子女子の山 トップバッターとして出た俺ら 会社面接の女子の前で自らパフォーマンスする会長のような気分だ 明らかにいつもと違う客層を意識し珍しくIsabelleを披露し拍手を誘う 気持ちいいじゃないかTake itで半分ほどが手を一緒に振ってくれる やるじゃないか MCダイゴに女子大爆笑 最高じゃないか いつものライブ出来たしマジカル楽しかったさ 堂島ちゃんのライブじゃもう女子大爆発 OLが飛んでるすげー しかも彼 歌もノセ方も上手い巧い 勉強させて頂きやした 聞けばピートベストのトシオとは硝子の十代からの馴染みらしく親近度UP また一緒に演ってくんないかな 今度はバラード攻めでOLをヒーヒ−言わせてやるぜ あ、その前に歌もっと練習しなきゃな OLのジャンプ それは真夏の蝉より美しいモノ 
 


2003
9.10

7月後半に入り さあ水着がフェスだ花火だ呑み倒すかーって時にRecordingの話しが 冗談っしょ 何々? マジカルお盆までかかるの? ジャパスプとフジロック 3DAYSキャンセルし海の誘いを蹴り部屋で作詞 悔しいから海パンはいてやってたらサマーブギ#2になっちゃうじゃん 夏体験物語の再放送じゃねーんだし 8/14から韓国プサンの野外フェスが決まってたし 焼肉と焼酎にKoreanギャル漬けを毎晩夢に見て 皆で曲作りRecording入り 7/31大阪ミューズでライブしに行きストレス発散し翌日FM大阪の番組で いやー韓国楽しみだーKorean娘は優しいのかななんて煩悩丸出しに語ってたら 8/4だったかプサンの野外フェス自体中止の悲報が WHAAAAAAAAT!? 隣ではベースのブラックがうなだれている よっぽど向こうのBBQを楽しみにここ数日弾いてきたんだろう 横に這う弦が縦にも張った後がある お、お前さては網を想像して あーわかるぜ その気持ち 俺なんか歌録りこれからだぜ 終わったら新大久保行こうな 約束だブラックコリアンガールの歌はさすがに作らなかったがまたマジックを創ったぜ最高のメンバーで 秋には出る新譜 心地いい裏切りを楽しみにしててくれ Love, babamania
 


2003
9.10

歳は13の頃から米国のプロレスが好きだった それから世界のプロレスって番組がテレ東で流れハマった 選手のPROFILEを暗記し対戦カードを予想し都市や会場名まで把握した 同時にハードロックとユーロビート全盛で縦と横の両ノリを覚え憧れが過ぎていつの間にか自分が歌ってた 英語という魔力にハマるのも自然だったわけだ そんなこんなで見続けてきたアメリカンプロレス 語り尽くせぬ歴史があるのだが時代も二千年を迎えメジャーと呼ばれる団体はかつて猪木と親交の深かったビンスマクマホン率いるWWEのみ エンターテイメントスポーツと自らうたいNYを拠点に今や裏ディズニーを地で行く組織だ ファン層は主にティーンズとその親たち、毎週2時間のTVプログラムに合わせた完璧なショーの絶対的ルールはリアルとファンタジーの境界線だと言う どっちにイキ過ぎてもダメということらしい 会場のセッティングに音や光りの演出、視聴者を飽きさせないレスラー達のキャラクター作りに試合のテンポ、はたまた試合以外のスキットまでも売り物で 演劇作家が選手のセリフや演技までが細かく指導する徹底ぶりなのだ そんなWWEがそっくりそのままパッケージされ昨年横アリに初上陸 会場はマニア層と読める20代中盤から40代までの大人で埋め尽くされ 皆まるでティーンズのようにはしゃぎ日本人もここまで海外モノを楽しめるのかと妙に感心したほどだ そこには夢が確かにあり外タレのコンサートとは別の空間と興奮があった 7/18で遂に3度目の来日を果たしたアメリカンドリームは未だ僕を虜にしてならない WET DREAM(夢精)とは違う快感 リアルとファンタジーの境目 どっちかに転んだら夢から覚めてしまうんだろう 
 


2003
8.19

7/12 SAYBABA TOKYO @ CHELSEA HOTEL ババ企画イベント今年2回目 今回のLineupはTHE PETE BEST, 鉄と鉛の2組だー 雨も何とかもちそうで渋谷をババ色に染めるでーと張り切ってます自分 DJとして惑星の清水っちゃんが来てくれて気分は上々 Openingは大阪の懺悔集団こと鉄と鉛 ルックスといいパフォーマンスといい とにかく阿呆の一言である 昨年から神戸のライブ時はほぼ毎回一緒だったし見慣れてるはずだが 自分らのイベントだからか より巨大なアンモニアの塊かの様だった 奴らこれからガンガン伸びるでしょう そして憎めないベビーフェイストリオ, ピートベスト 仲いいからライブ何回も観てて曲全部覚えちゃったよ とにかくノリ易い音だし善人なんだよね 実は彼らのBREAK'EM OUTっていう曲に僕とマリが参加してて今回も一緒に歌ったんだけど ビジュアル的に善悪の乱れ図みたいで 歌ってて毎度 笑ってしまうさ 空調が客の熱気に追い付かず 僕らの出番前で楽屋の鏡が曇ってる様 目前のステージがどれほど過酷な状態かなんてメンバー誰も想像しなかった ステージインするや空気が薄い 客のテンションはかつてジュリ−がレコード大賞取った時ほどピーピーだ かましたるぜブラザーシスター 会場内が皆の身体から出る湯気で一杯になる 第1回フジロックでのレイジのライブの景色がダブる 途中で気付いた 酸欠で煙草の火も付かない 前方の客の顔が歪んでる 左に目をやるとユージンニコニコして弾いてる ゼッテー客の状態視て彼も気持ち良くなってんだ 確かに危なかったなこの日ばかりは でもライブさライブ 日常で味わえない視覚聴覚やら感情やらを客と一緒に楽しめたら こんな幸せなこたーねーんだし この酸欠ライブは来てくれた皆と俺らとの思い出の肘枕になるんだ 何か嫌なことあったらババと言え!だよなブラザーシスター?
 


2003
8.18

宮崎から戻った翌週は 自分らのイベントSAY BABA TOKYOを土曜に控え ちっと慌ただしかった なんせ前日の金曜に福生CHICKENSHACKでライブがある訳だし 去年初めて演った時の記憶が蘇る ライブハウスよりBAR小屋の方が適切な表現だろうか 横田基地の近く しかも昔宛らのRED LINE=赤線街にあるんである ドラムも生だし音は誤魔化せない 逆に燃えるんである 人が通りに姿を表すのも9pm過ぎ この辺りがベースの外人で潤うのは深夜 スタッフの会場入りが6pmそれからリハなのもここならでは ロック街道ひた走るママと再会しお互いの近況報告 BARに20年居たらどれだけの人と出会い どれくらい楽しいんだろう それを知るにはママの口から出てくるメモリーと古さを感じる写真の数々が頼りなんである ここにウチのボスGeorgeが入ると音楽世代苛めが始まる 70'sを体感してない僕は二人にとって格好のカモ こうやって音楽が語り継がれテクのは確かなんだが酔うとアノ手はねちっこいんだよな ライブは11pmから30人いりゃ満杯のスペースで演るんだから暑い暑い 初体験のベースのBLACKはサウナに45分ほど居座るオッサンのようなツラしてたぞ 11曲かまして相当テンション高かったな ON THE FLYの時 身体宙に浮くかと思った 小屋の雰囲気と客のノリがやっぱ日本離れしてるって言うか向こうっぽかった 新宿1,2丁目界隈と同じ不変の淫楽をここには感じる これからも年に1度は自分を試すってノリでロックしに来るよ 明日はSAY BABA TOKYO 深酒は止めとこう 自分を制御するのもここじゃママの口から出るメモリーと歴史を感じる写真の数々が頼りなんである
 


2003
8.18

昨夜マネージャーがブリブリ酔いながらほざいてた "明日波乗りしてーなー" よーし俺も陸サーファー代表だ ろくに寝れず9時過ぎに起きてスタンバイ 同時に阿呆が一人熊本から車転がしてきた FM中九州の高瀬氏である 本番は夜だし時間はある マリも長袖に帽子と正装していざビーチへ UnderworldをBGMに1時間ほど南下 南国特有の木々がたまらない 青島を通過し日南の海に到着 サーファーが少々いるだけ 今年の蝉一番を聴いた 兄貴から借りた海パンに着替え速攻平泳ぎ 気持ち良すぎるー AFRICA & the ZULU KINGSの"The beach"が流れてきそうな位トロピカル 東京のダチに自慢の電話口撃 嫌がられた 泣く泣く海にバイバイし青島駅前の釜上げうどんを食べに これが美味すぎ よーしステージが呼んでるぜ 夕方会場のWeather kingへ やたら広いから半分の入りだったが若い客層で活気あふれ楽しかった 宮崎は3回目で続けて来てくれてる人もいてHappyだーな いつも焼酎をくれる方がいて今回のブツは栗焼酎! 美栗と書いてビックリって読ますズッコケそうな品だったが味の方はAAA 自宅で3日ほどで空けちゃいました THANK U さらに大分からはモンチョのメンバーも遊びに来てくれてライブ後釜上げうどんを再び食べに 俺だけサーファーの兄貴らと例のバーに合流し "く、黒霧島を"  どうやらボトル入っててママも一緒に呑み始めた それを聞いたマネージャーが猛ダッシュでバーに来た 2軒目に移ることになりユージンマリ高瀬氏らと合流 どこ行ってもホント焼酎なんだよ九州って このバー面白くて懐かしのブラコン系の音ばっかかけてるもんだからユーロビートリクエストしたら何でも来いって感じで(爆笑)後半みんな踊り始めちゃいました 店出て一人の娘がゲットした情報 海でトランスやってるらしい?ま、まじかよ マリと俺の眼光が鋭く光る もう4amだぜ 地元のダチらとタクって海に一直線 ヤッベー音鳴ってるよ そして僕らが目にしたのは見た事ないくらい美しい日の出 波に反射して眩いばかりのMYサンビーム 酔っ払って素足で踊る快感を君は知ってるか 時折太陽に見とれてると下方になんと釣り人衆が!トランスをバックに魚釣ってるおっさんが8人!!なんつーパフォーマンスなんだ 千鳥足で話しかけに行き なんでもキスがわんさか捕れるらしい きみらはあんなデッカイ音かけて朝から何やってんのかね?なんて聞かれ、東京から観光の集団ですって答えといた 踊り倒し宿に戻ったのが9pm なんて長い1日だったんだ そのまま空港へ スッチー再び!顔がよく見えないけど制服かわいい それが搭乗して目が閉じるまでの8秒間の独り言だった
 


2003
8.17

7月に入り暑くなってきた 家を出たその瞬間から太陽とのCommunicationが始まる 雲が踊ると会話がしづらくなる 俺の肌には無数のアンテナが付いているが欠陥があるのか左頬と右腕が焼け難い 不思議だ 2日VANSの撮影 秋のアイテムの紹介で炎天下マリと二人で長袖シャツを着てポージング ホント似合わないねーとスタッフに笑われる Unpluggedでのカートコべインの様にセーター着用で切なく歌うのが小さな夢なのに 撮影後、冷コー呑んでクールダウンw/日焼け 外に座って飲むと氷すぐ溶けちゃうのは辛い4日宮崎へ うおー今回は飛行機だぜ スッチーだぜ ゴン見してたらいつのまにやら寝てた 額のアンテナがビービーうるさい 着いたんだ会話が始まってる 素晴らしく暑い 本番は明日 MonkeySplashっていうイベントでかなりの数のBandが出るらしい 名物のチキン南蛮をペロリ リハを終え夜の街へ サーファーの知り合いがいて前回来た時からお世話になってる ここの海に魅せられ東京から流れ着いた一人で、いわゆる住めば都の代表的なトコらしい 彼のダチも一緒に地鶏に蛸に焼酎...旨い!2軒目はこれまた知り合いのバーへ ママが綺麗で注文も"く、黒霧島!"とついドモってしまう 僕らのこと覚えててくれて何故かマネージャーの鼻の下が伸びてる 俺なんか鼻血が出てる ユージン出来上がってる マリとダイゴも合流してワイワイパヤパヤ 夜が明けてきた 俺は酔っててママに"片付け手伝わせて下さい"とずっと迫ってたらしい 翌日兄貴から聞いた話である
 


2003
7.29

26日滋賀入り 海はMotherOceanと言われる程大きくて偉大なモンだが湖が見せる独特の静かなる輝きは他に類を見ない この日も琵琶法師の琵琶を奏でる音色が雨を止め虹を創るのかと思わせるような美しさだ さて会場のBフラット、店長と再会を喜び合い最近仲良くなった宇頭巻も合流 リハ後FM滋賀の番組でポチ先生ってキャラのエロDJっぷりに圧倒されつつ会場戻り若手Band5組をCheckCheck! ふむ, 若いの腰突きがまだちょっとなーなんて意味無いこと言ってたら恐い怖い宇頭巻登場 自ら"ハーイ恐い兄ちゃんらの出番やで"なんてMCする奴らの眼は本物だ 会場も盛り上がる盛り上がる 負けられへん、自分らも熱苦しいライブブリブリっとかましてBang! 一番後ろバ